交通事故で後遺症や傷跡が残る怖さ

交通事故を起こしてしまった加害者も、交通事故に遭ってしまった被害者も事故後の生活は一変してしまいます。それは加害者、被害者の家族も同じです。交通事故に遭った被害者はその後の後遺症や残った傷跡でさらに辛い現実が待っています。

私は事故に遭った被害者の家族です。事故に遭ったのは私の娘で高校生活を楽しんでいた一番輝かしいときでした。

事故の状況

娘は通学途中、青信号を渡っていたときに車にはねられました。加害者はスマートフォンをみながら運転していて、前方をきちんと見ていなかったのです。あまりスピードがでていなかったのが不幸中の幸いでしたが、自転車に乗っていた娘は車に衝突し、そのまま自転車とともに横転してしまい自転車のサドルが左腹部にくいこみました。

すぐに病院に運ばれ先生の診断の結果は膵臓が損傷していて出血しており、緊急手術が必要とのことでした。

緊急手術

膵臓の一部と脾臓を摘出する手術がすぐにおこなわれました。手術は約4時間かかり、無事を祈ることしかできなかった私にはとても長い時間でした。娘が事故に遭ったという連絡がきて、病院に到着してすぐ膵臓が損傷していて膵臓と脾臓を摘出する手術をおこなったことに、自分の気持ちがついていけませんでした。

とにかく突然であまりの出来事。私の頭と心は今ある現実を受けとめることなどできませんでした。

後遺症について

無事に手術も終わり、入院生活を経て娘が我が家に帰ってきたのは事故から3週間後のことです。通院はまだまだ続きます。先生からは、腸が癒着しやすくなっているのでお腹の痛みを感じたらすぐに病院へ来るようにと言われました。

膵臓の一部がないことで糖尿病になるリスクが高いこと脾臓を摘出したことで免疫機能が低下し、若い今のうちは問題なく過ごせても60歳を過ぎたあたりから感染症や肺炎などにかかりやすくなるとも同時に説明されました。

娘が60歳になったら私はこの世に存在するかどうかわかりません。40年後におこるかもしれない出来事に不安が襲いました。事故に遭ってから娘は極端に食事の量が減りました。好きな食べ物も今までのように食べてはくれず体重が事故のあと5キロ減りました。

手術のとき、開いたお腹の傷の痛みがまだあるからなのかもしれませんが、とても食べ盛りの高校生には見えないのです。そのため貧血で倒れることが多くなりしばらく目が離せない状態でした。今まで風邪をひいても症状は軽く中学生になってからは、ほとんど病院に行かなくても治っていたのが風邪を引くと高熱を出すようになりたびたび病院へ行くようになりました。

これらの症状が少しずつでも改善していってくれるように心から願っています。

残る傷跡

ある程度事故から時間が過ぎたとき先生から、傷の縫い直しの手術をすすめられました。娘は膵臓、脾臓摘出の手術を受けたときお腹を約20センチ開きました。手術のあときちんと縫ってその回復を待っていましたがなかなか良くならず娘自身も気にしていました。

おへそから上にむかって20センチ。その傷跡はひどく赤く太い生々しい傷です。ミミズのように太く盛り上がっていて見ればひと目でわかります。そんな娘の傷を見ていた先生は思っていたよりも治りが悪いと感じ、縫い直しの手術をすすめてくれたのです。

娘も私も家族も意見は一緒で縫い直し手術を受けることを決めました。手術は形成外科でおこないます。今まで通っていた病院には形成外科はなく違う病院で手術をうけることになりました。形成外科の先生はもっと傷は綺麗になりますよと笑顔で話してくれて、私も娘もその先生の説明でとても安心したのです。

もっときれいになる、目立たなくなるその言葉にたくさんの期待をもちました。あのときの娘の安心した顔は今でもはっきりと覚えています。高校生だった娘は夏休みに手術を受けることを決め1週間ほど入院しました。前回の臓器摘出の手術とは違い、とても短い時間で手術は終わりました。

なにより安心して手術を待っていられたのでそのときの私には余裕があり期待を持つことができたのです。手術が終わり退院して形成外科にも通院する日々が始まりました。1ヶ月くらいでだんだんと良くなりますよと先生に言われて、1ヶ月、2ヶ月、3カ月と私たちは傷が良くなるのを待ちました。

しかし、傷は良くなってくれず、それまで傷のことを一切言ってこなかった娘ですが4ヶ月たったころ私に言ってきました。「傷良くなってる?良くなってないよね」と一瞬、動揺した私でしたが正直にあまり良くなっていないねと答えました。

確かに形成外科で手術をして少しは傷は良くなりました。しかし、まだまだ赤く太く腫れ上がった傷は残っていてはじめに説明を受けて期待していた私たちは裏切られた気持ちになっていました。娘は今高校生。これから友達と温泉に行ったり夏はプールに行ったりするでしょう。

こんな傷があったら行きたくても行けない、これから恋だってするのにと私は思いました。先生に相談してみよう、そう思い次の診察のときに先生に言おうと思ったとき先生からその話がありました。先生もこんなに治りが悪いのは想定外だったらしく、しばらく様子を見ていたがこれ以上の期待はできないのでもっと設備の整った大きい病院へ行くことを勧めてきました。

紹介してくれた病院は聞いたことのある病院で、おそらく有名な病院なんだと思います。家からはとても遠く片道だけで2時間半かかります。私と家族はすぐに縫い直し手術を望みました。しかし、娘は迷っているようでした。

傷は確かに気になっているはず、少しでも治したいとも思っているはず。

でも娘はもう2回も手術を受けてきたのです。そのたびに痛い思いをして何日かの入院をしてとても辛い思いをしてきたんだと、あらためて思い知りました。大事なのは娘の気持ち、私たち家族だけの意見で決めてしまうことはできません。

でも傷は絶対に治してほしいという気持ちと葛藤しながら、娘の決断を待っています。

目に見えない心の傷

傷跡が残ったのはお腹だけではありません。娘や私たち家族も心に傷を受けました。交通事故に遭ってから娘はもちろん私たち家族は自転車に乗ることができなくなりました、娘は楽しかったはずの高校生活を奪われました、頑張っていた陸上もやめてしまいました、私たちは交通事故に遭って心から笑い合えるときなどなかったです。

もう一度あの事故の前の日々に戻してほしい、そう考えてしまうこともあります。

しかし前向きになって娘のサポートを全力でしようと、支えていきたいと思うようにしています。